フェリス女学院大学附属図書館読書運動プロジェクト「フェリスの一冊の本」
07-2(2)・東洋英和女学院大学教授 与那覇恵子先生講演会 「現代を生きる女性たち」
2003年7月31日発行『読書運動通信7号』掲載記事2件中2件目(2)
*2件目の記事は(1)〜(8)まであります。
●後ろめたさの中で●
 ここで彼女たちがなぜこういうような仕事をしているのか
というところがありますので、そこの部分を読んでみたいと
思います。これは『魔術はささやく』という単行本のページ
になっております。ちょうど仕事のことですね。先ほど朗読を
してもらった方より上手く読めませんけれど129ページのほう
から読んでみます。

−−恋人を装って男の財布を開かせるのは、三幕の芝居を演じ通すことに似ていた。
幕が降りる前に勝手に退場できる芝居だが、セリフもしぐさもちゃんとできて
いなければ、どこかで破綻が生じてしまう。それが面倒になってきて、
仕事を変えた。だけど、人を騙すことでは同じだ。−−

 これは、今は女性を騙している。美容部員として「このお化粧品を付けると
凄くあなた美しくなりますよ」というような形で何十万もする化粧品を売りつける。
そういう仕事をしている訳です。最初は男性を騙してた。
それが現在は化粧品で女性を騙すというところなんですけれども。

−−ときどき考える。あたしはこれを楽しんでいるのだろうか。
答えはいつも出てこない。間違ったキーを押したときのコンピュータ
のように身体ののどこかでエラー音が鳴る。
そのままいっても先へは進めませんよ、と。−−

 ですから、彼女自身自分のやっていることに嫌悪感を持ち始めている
というところがあります。

−−和子はいい腕をしていた。
恋人商法に欠かすことのできない演技力があった。
それはとりもなおさず、誰よりも先にまず
自分自身を欺くことのできる才能だった。−−

 ですから、これが決して良いことではないということを分かっている。
だけれども、それは相手に夢を与えると言うんでしょうか。恋人のできない
男性に夢を与える。そして自分自身もある一定の時間だけは恋人になって
「楽しんでいるんだ」という意識を自分自身の中にうえつけることが
できるということです。そういうことをある一定の女性は出来るという
ことですね。

−−高収入で、したいことができた。−−

 お金はどんどん入ってくる訳です。

−−一時はあちこちと旅行した。
ひとつきのうちニ度海外に出たこともある。
パスポートはもうヴィザで真っ黒だ。
それでも、今思い出してみると、特に心に残る
土地も風景も見あたらないのだった。
 おかしなことに、空港の風景だけは覚えている。
世界中のどこでも、人間が目的地の途中で立ち寄り、
通りすぎていくだけの場所なのに。−−

 ちょっと省略しまして、

−−女どうしの小競り合いに明け暮れる保険会社の仕事に嫌気がさして、
別の道を探していた。みんな、次の段階に進むための資金がたまったら
すぐに、こんな詐欺まがいの仕事なんかやめるわと言っていた。−−

 ですけれども、なかなかそこから抜けられないということですね。
それでその一時的に恋人になった男性に対しての意見なんですけれども、

−−あんなふうに心が通いあい、あんな幸せなことが本当にあると、
彼らは思っている。そんな幻を、まだ信じている。
だから和子に騙されるのだ。彼らの目のなかに一片の疑いの雲でもあれば、
そんな素晴らしい出来事などそう簡単に自分のほうに
転がってくるはずがないという幻滅があるなら、和子はいつだって演技をやめる。
そうやって途中で「降りた」男だって少なくはない。−−

 ……ということですね。ですから他者から何かを与えられて、
あるいはお金を払うことによって、恋人というような関係が持てる。
そういうような幻想を抱いている人間は騙して当然だっていうのが、
この和子という女性の考え方なんです。ですけれども、そこに
後ろめたさもあるということですね。そこが微妙なところなん
ですけれども、この作品は1989年に出されていますけれども、
バブルがはじけていく年という風になります。お金で何でも
買える、お金で何でも出来るそういう風な風潮に対してですね、
宮部みゆきはそういうような女性を設定しながらも、そこに
批判的な目を向けているという風に言って良いと思います。
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