フェリス女学院大学附属図書館読書運動プロジェクト「フェリスの一冊の本」
2005年度第2回講演会:中世英文学・中世北欧文学に基づくTolkienのファンタジー.-2
2005年6月30日(木)
緑園キャンパスチャペルにて
講師:伊藤盡先生(本学非常勤講師)
*この記事は1〜3まであります。
・イングランドと北欧の位置関係

 伝説は、どこから来てどこへ行ってしまったのでしょうか。
 イングランドの伝説神話は、ヨーロッパ大陸の北部、現在のデンマ
ークにあたるユトランド半島や、その下にある北ドイツ、さらには北
海沿岸を渡ってブリテン島にやってきました。このように北海を渡っ
てきたイングランド人の祖先は、自分たちの伝説を文字に書き残しま
した。
 中世に書き残された文献を「中世の文学」とします。「中世の文学」
は、北欧とイングランドでは意味が異なります。北欧で口承物語が文
字に記録されはじめたことを証明する最古の考古学的証拠は、3世紀初
頭のものとされています。北欧では自分たち独自の「ルーン文字」で
ものを書くようになりましたが、イングランドでは、7世紀にキリスト
教への改宗が始まり、その頃からアルファベットが使われ始めます。
北欧でのキリスト教化は、一番早いデンマークでも、10世紀まで待た
なければなりませんでしたが、その後、ノルウェイやアイスランドで
もキリスト教への改宗がすすみ、特に、西暦1000年にキリスト教に改
宗したアイスランドでは、9世紀に作られた歌までがアルファベットで
書き残されることになりました。
 一方イングランドでは、西暦1066年に大事件が起ります。この年に、
フランスのノルマンディー公爵ギョームがイングランドを攻略し、イ
ングランドはフランス語を話す王や貴族によって支配されるようにな
り、中世英語は1100年頃を境にそれまでとは大きく変わってしまうの
です。言葉が変わったということは、それが伝える伝説・伝承も変わ
ってしまうということを意味します。この時代以降私たちに残された
のは、幾つかの単語や伝説・伝承の断片にすぎず、それ以前の伝統は
廃れてしまったのでした。
 考えてみますとキリスト教受容以前がトールキンが求めた時代であり、
キリスト教受容以降、イングランドではノルマンディー公の支配以降が
トールキンが悲しんだ時代と考えることができます。

・中世英文学とは何か?中世北欧文学とは何か?

   このことからはっきりさせたいことがあります。もともと西暦200年
頃にルーン文字を記した人々の伝承文化は、その一部がイングランドに
渡り、継承されて、中世英語で書かれるようになりましたが、1066年の
戦いによって、その伝統はほぼ断ち切られてしまいました。逆に北欧で
は、アルファベットによって書き残す伝統はイングランドよりも遅れて
始まりましたが、イングランドでその伝統が断ち切られた後も、細々と
生き続けていきました。
 トールキンがイングランドの伝説について思いを馳せる時、これらの
時代に、多大なる興味を示したのは極めて自然なことだといえるでしょう。

・エルフの神話

  『指輪物語』の『過去の巻』という章では、エルフについての言い伝え
を聞くサムワイズ・ギャムジーが登場します。が、そんな言い伝えは子
どもの聞くものだと、多くの人は馬鹿にします。自分たちの見たことも
ないものについて、あれこれと考えるのは現実的ではないというわけで
す。
 さて、サムワイズ・ギャムジーが耳にした、「エルフ」や「木の男」
は、果たしてどのようにイングランドの伝説に登場し、どのようにして
残ったのでしょうか。
 さて、「エルフ」という言葉が表す生き物については、私も本の中で
紹介したことがありますが、イングランド、ノルウェイ、アイスランド、
デンマーク、スウェーデン、ドイツやオランダという国々は、「エルフ」
という単語を中世の文献のなかに使った土地です。トールキンが興味を
もったのは、本日の講演のタイトルでもある、中世英語文献、中世北欧
文献のなかの「エルフ」の描かれ方でした。中世の英語で書かれた、現
存する最古の英雄叙事詩『ベーオウルフ』のなかに、「エルフ」につい
ての言及がみられます。そしてそれが英語で書かれた最も古い「エルフ」
についての記述であることは、実はあまり知られていません。
『ベーオウルフ』の冒頭は、日本語に訳するならば、
「聞け/我らは槍のデーン人たちの/古の時代の/民の王たちが/勲を
あげたこと/かの貴人たちが/いかに勇気を示したかを/聞き知ってい
る」
 と始まります。つまり、この詩の冒頭からは、彼らが昔の王様の伝説
を読んだのではなく、聞いたのだということがわかります。
 ロンドンの大英図書館に保管されている現存する最古の『ベーオウル
フ』の写本には、『ベーオウルフ』以外にも何篇かの物語が紐で綴じら
れひとまとめにされています。『ベーオウルフ』の中には、「エルフ」
は「神に逆らう悪しき眷族の一派だ」と描かれていますが、合冊された
物語のなかに、もう一箇所、「エルフ」という単語が使われている部分
があります。聖書外典『ユディト書』に基づく中世英語による翻案叙事
詩『Judith(ユディス)』の一節がそれです。
「それは4日目のことであった/その思いも賢きユーディス/エルフの輝
きをもった女性が、初めて彼を訪れたのは」
 とあります。イスラエルの女性ユディトが、敵の将軍であるホロフェル
ネスの天幕に召しだされ、彼の宴会に侍らせられ、そのあげく天幕に誘わ
れるという、いきさつを書いた場面です。
『ベーオウルフ』のなかではエルフは神の敵、人間の敵と描かれていまし
たが、こちらは、女性の美しさ、賢さがエルフにたとえられています。
 トールキンの『指輪物語』に登場するロスロリアンの奥方、ガラドリエ
ルは光り輝くように美しいエルフです。が、彼女は指輪の魔力に引かれそ
うになり、一瞬恐怖の女王のような姿に変わります。ここにトールキンの
イマジネーションの豊かさ、細やかさ、正確さを見ることができます。
 中世の英語を語る人達は何も矛盾したことを言っているわけではありま
せん。少なくともトールキンにとっては、彼らは矛盾したことは言ってい
ないはずだという信念がありました。トールキンのエルフは、彼の勝手な
想像ではなく、彼が研究してきた中世英語文献を再構築したものといえる
のです。
 が、トールキンにとっては中世英語文献ですら、すでに失われかけた伝
説の残り香でしかありませんでした。なぜならば、英語の文献としては残
っていないエルフの伝説が、北欧の伝説の中にあったことを知っていたか
らです。
 トールキンの住んでいたイングランドにも、もちろん色々な伝説は残さ
れていました。例えば彼が長年住んだイングランドのオクスフォードの南
西に「ウェーランドの鍛冶場」と呼ばれる場所があります。ウェーランド
の伝説は、ほとんど日本人には知られていませんが、『ベーオウルフ』を
はじめ、中世のイングランドの文献の中には、幾つもの詩の中にウェーラ
ンドについての言及があります。「彼の作る武器や武具は、敵を倒すにも、
また自分の身を守るにも、最も信頼に足るものであった」と当時の文献は
語ります。
 ウェーランドは人間なのでしょうか。ウェーランドの伝説を十分に伝え
る文献はほとんど残っていせん。けれども、文献ではなくて、中世の考古
学的な遺物の中に、例えば大英博物館に収められているような、8世紀の
獣の骨から作られた小箱や、あるいは10世紀のスウェーデンのゴトランド
島に建てられた絵画石碑の中に、その伝説をモチーフにしたものが残され
ています。
『フランクの小函』とよばれている、大変貴重な考古学的遺物である芸術
作品には、ウェーランドが、剣や、ハンマーや火箸などにかこまれて酒を
飲んでいる場面が描かれています。その右横には、鳥を捕まえるウェーラ
ンドの姿が描かれています。8世紀には既に英語圏にウェーランド伝説が
あったことがわかります。
 また、スウェーデンのゴトランド島に残る石碑、こちらは10世紀のもの
ですが、これには、鳥の羽を付けて飛び立つウェーランドの姿や、頭を失
った2人の人間や、ハンマーや火箸などが描かれています。
 このような絵による証拠以外にもウェーランド伝説は存在します。古代
北欧語で書かれた『エッダ詩篇』と呼ばれる北欧の神話や伝説の集成の中
にあるのです。ここで重要なことは、ウェーランド(ここではヴェルンド
ル)という人物が実はエルフのように描かれているということです。この
『ヴェルンドルの歌』は詩の形で残されています。
 スウェーアの国にニーズズルとよばれる王がおり、彼には2人の王子と1
人の王女がいました。
 一方、フィン王とよばれる王様には3人の王子があり、上がスラグヴィズ
ル、次がエギル、3男がヴェルンドルという名前でした。彼らは狼谷という
ところにやって来て、家を建てます。そこには、狼池という池がありまし
た。ある朝早くその池のほとりで3人の女性が亜麻を織っているのを見つけ
ました。そこで3人の兄弟はその女性たちを連れて帰り、自分たちの妻とし
ます。彼らは7年間仲良く暮らしましたが、7年が経つと女性たちは自分た
ちの故郷が懐かしくなって帰っていき、そして2度と戻ってはきませんでし
た。長男も次男も悲しんで妻を捜しに出かけますが、ヴェルンドル1人は狼
谷に留まります。彼は純金に宝石をちりばめた腕輪をたくさん作り、美しい
妻が自分のもとに帰ってくるのを待っていました。
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