フェリス女学院大学附属図書館読書運動プロジェクト「フェリスの一冊の本」
2005年度大学祭講演会:魔女の宅急便とファンタジー
2005年11月5日(土)
緑園キャンパス・キダーホールにて
講師:角野栄子先生
*ここに掲載したものは、講演会録音テープを起稿したものの要約です。

今から40年以上前、初めてヨーロッパを旅行した際、デンマークの古い
テーマパークで大変不思議なものを見ました。それは蚤のサーカスでした。
アンデルセンの作品に『蚤と教授』というものがあります。研究に没頭し
すぎた教授が奥さんに逃げられれてしまい、飼っていた蚤と一緒にサーカ
スを作って世界中を旅するのですが、私はそれを読んだとき、200年前に
アンデルセンも蚤のサーカスをあそこで見ていたのではないかと思いました。
私は19歳くらいのとき、『鳥の目から見た風景』という組写真と出会いま
した。その写真に、大変想像をかきたてられ、以来ずっと心に残っていまし
た。私がもの書きになろうと思ったのは35歳の時で、初めて物語の本が出た
のは42歳の時です。書くことは好きでしたから育児の合間に毎日書いていま
した。あるとき娘の描いた魔女の絵に目が止まりました。私は、その絵を見
たとき、この魔女を主人公にしてお話を書きたいと思いました。昔見た『鳥
の目から見た風景』と一体化したんですね。そのようにして生まれたのが
『魔女の宅急便』です。宅急便。何かを運ぶということは、物の移動に関与
するということですね。物とは人の願いが形になったものです。物が生まれ
てくる時のファンタジーを、『魔女の宅急便』の彼女は運ぶんだと思ったと
きに、私は、この話は書けると思いました。
私は25歳のころブラジルに移民として渡りました。2ヶ月間の船旅です。移
民船は住空間が劣悪なので、天気がよければ皆、甲板に出て来ます。そして、
人は皆、前方を見るのです。そのとき人は心なしか爪先立ち、あごを上げて
背筋を伸ばします。あのころ、私は自分が作家になるとは思ってもみません
でしたが、お話を書くようになってから、あの時水平線を見たわくわくした
気持ちは、お話を作るときの気持ちと大変似ていることに気づきました。
海は豊かな表情を持っています。満月の夜の美しさ!普段陸地にいると、水
平線は前方の1本の線としか見えませんが、船に乗って、四方を海に囲まれて
いると、水平線は大きな丸でした。その水平線が銀色に光るのです。水平線と
いうのは、こっちの世界とむこうの世界のつながりみたいなものだと思います。
人は普通、今見えているこちら側だけが私たちの世界だと思っていますが、そ
うではないのです。
魔 女の話をしましょう。19世紀フランスのミッシェルという人の『魔女』と
いう本の冒頭に「花々であった女たちは、花々と仲良くした。魔女は女である」
とあります。彼女たちは、寒い冬のさなか死んだように見える樹が、春になる
とまた芽吹くことに気づきます。人は死んでしまうが、春になると再生する木
々の持つ力を病人に与えれば、きっと元気になるに違いないと考えるのです。
そこから魔女と薬草、産婆という図式が成り立っていきます。ドイツの古語で
は魔女は「垣根の上に上る人」という意味です。夜、城壁の上で、真っ暗な外
と明かりの点在する内の両方を見ながら、そこに存在する力を信じて座ってい
る人が魔女なのです。彼女等は見えない世界と見える世界のはざまにいて、い
ろいろなことを想像して生きていた人たちということができます。お話もまた、
まさにその境目から生まれるんですね。
お話の中にはいっていくと、読者はお話と自分のいる現実世界を行ったり来た
りします。それが読書の醍醐味です。そうすれば、お話が終わったあとに、もう
一つの扉が開きます。小さな読者さんからお手紙をもらうと、よく、私が書いた
お話の続きの物語が書かれていることがあります。それが子供たち自身の物語に
なっているのだと思います。そして本の続きの物語を胸に抱え、心を豊かに動か
しながら暮らしていくんです。そう。誰でも持っている好奇心がその種になって
いるんですね。お話の種、ファンタジーの種は、まず好奇心と想像力から始まり
ます。
今、絵本はたくさんありますが、それに続く幼年童話が大変少ないのです。今
後、絵本を卒業した小さな子が、次に読むような幼年童話をたくさん書いていこ
うと思っています。本を好きじゃないと思っている子も読んでくれるように、心
をわくわくさせる面白いお話を書いていきたいです。
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