フェリス女学院大学附属図書館読書運動プロジェクト「フェリスの一冊の本」
2005年度第5回講演会:魔法の翼があったなら.-1
2005年12月1日(木)
緑園チャペルにて
講師:小谷真理先生
*この記事は1〜2まであります。
 私の仕事は物書きです。全然人と接することもなく、コンピュータの
画面を見続けているか、図書館にこもって調べ物をしているかという、
ちょっと魔法使いのような仕事です。ですので、こういうふうに、みな
さんの前でお話するのは非常に苦手です。
 コスプレをしているというと「しゃべるのが上手でしょう」とか「プ
レゼンは得意でしょう」とか誤解されるのですが、全然そんなことはあ
りません。コスプレをするにしても、ゴテゴテした衣装の中に縮こまっ
て、みなさんを見ているといった感じですね。目立ちたがりだけれど恥
ずかしがり、表現するのは好きだが、視線を感じるのは好きじゃないと
いう、ちょっと奇妙なメンタリティの持ち主です。
 最近は、非常にありがたいことに、コンピュータが発達しましたから、
このようにプロジェクタを用意していただいて、そちらを見ながら私の
話をきいていただいています。そうすると視線が私の方でなく、プロジ
ェクタの方にいくのでとても良いのです。これもコスプレみたいなもの
ですね。
 今回の講演の演題は『魔法の翼があったなら』ですが、意味が全然分
からないからお客さんも少ないだろうと思っていたところ、程よい人数
で、私は、今深く満足しています。少人数ですと視線の数も減り、リラ
ックスして楽しくお話ができますからね。
 読書の楽しみの一つに、新しい知識を得るということがあると思いま
す。またものの見方を少し変えることによって、よく知っているはずの
物事の、新しい一面を発見したという喜びを得ることもあります。
 今日は「魔法の翼とはなんでしょう?」ということを中心にお話しし
ていきたいと思います。
 魔法の翼。魔法。不思議な。要するに、ある種の呪文や不思議な能力
などで、科学や、技術などの現実の物理法則にあわない現象をおこすこ
とです。
 魔法とファンタジーは非常に縁が深く、だいたいファンタジーといっ
たとき、みなさんは現実世界とは全く違う世界の話であると思いますよ
ね。
 その世界というのは、魔法が使える世界です。では、翼とはどういう
意味でしょうか。魔法の翼というと、どんな話があるでしょうか?まず
真っ先に思い浮 かぶのが、ギリシャ・ローマ神話に出てくるイカロス
のお話ですね。技術家として大変有名な男がおり、翼をつけてどんどん
飛んでいく。だんだん傲慢になり、好き放題をしているうちに太陽に近
付き過ぎてしまい、翼を留めていた蝋が太陽熱で融けて、落下していく
話です。
 魔法の翼。魔法の力で翼をつけることによって、自由に飛んでいくこ
とができる。飛ぶというのは人間にはあり得ないことですから、作品の
中で、魔法の翼は、何かから解放されるような意味あいで使われること
が多いのです。
 ここ、フェリス女学院大学は女子大ですから、今日は飛ぶことと、女
の子のお話をしようと思います。
 もし仮に、女の子が魔法の翼を持っていたら、どうでしょうか。女の
子が飛ぶということが、作品の中では、どのようにあつかわれているで
しょうか。イカロスの話からも分かるように、飛ぶということは世の中
の束縛からはなれるという意味合いがあります。そして世の中の束縛か
らはなれたらどこへ行くかというと、まず幻想の世界へ行くのです。
 さて、いろいろなお話を読んでいると、男の子と女の子では幻想の世
界に行っても違いがあることが分かります。
 男性が異世界に行くと、探検、冒険し、いろいろな経験を積んで知識
を貯え、自分とは何かを考え、大人になっていきます。異世界ファンタ
ジーには非常に多くの作品がありますが、その中に、主人公はとてもみ
じめな境遇のひとりぼっちの男の子で、けれども実は秘められた大きな
力を持っている。そして、冒険を続けていく中で、様々な経験を積み、
困難を克服することで、だんだん自己を確立していくという、一つのス
タイルがあります。男の子にとっての世界とは、冒険、探検の場であり、
異世界ファンタジーの場合であれば、最終的には偉大な王様や、魔法使
いなどになったりする、成長の場です。
 では、女の子の場合はどうでしょうか。女の子にとって異世界は、冒
険の場というよりは、現実世界での束縛からのからの逃避先という側面
があります。女の子の場合は、どちらかというと、この異世界にたどり
着くまでの話が非常に大変です。幻想世界とは、大人になる前の子供世
界であったり、現実世界と違って束縛もなく、非常に自由で解放された
世界であったり、死や夢の世界、といったかたちに描かれることが多い
のです。ただ単に、魔法の翼をもらって、空を飛んでいく幻想世界の物
語にも、私は、男性向け、女性向けといった性差が実はあるのではない
かと、時折感じます。
 1900年にアメリカのフランク・ボームという人が『オズの魔法使い』
というお話を書いています。主人公はドロシーという少女で、オズとい
うのは魔法が使える不思議な世界のことです。
 話はそれますが、私は子供の頃『不思議の国のアリス』が大好きでし
た。絵がかわいいから好きだったのですが、読んでみると内容が全然分
からない。アリスがウサギを追って、地下の世界に行く。そこでお菓子
を食べると体が大きくなったり小さくなったりする。いったいこれはな
んなのか。今私がこの場に立っているのは、この話がわからなかったこ
とが非常なトラウマとなったせいかもしれないと思います。あの謎を解
き明かしてみたいという想いのために、今こうしているのかもしれませ
ん。後になって、『不思議の国のアリス』を女性学の観点から読んだす
ばらしい本と出会い、アリスの体が大きくなったり小さくなっ たりす
るのは、拒食症の問題と関係があることを知り、大変な衝撃を受けまし
た。それから、ハートの女王に代表されるように、アリスの世界では怒
ってばかりいる太ったおばあさんと、少女アリスのようなかわいい子供
や赤ちゃんといった非常に激しい2分化が見られます。これには、私は
大変驚いたのですが、当時のイギリス社会の縮図なんですね。
 話がずれました。オズにもどります。
主人公のドロシーという女の子は、カンザスに住んでいて、竜巻きによ
って、オズの国に飛ばされていきます。ドロシーは飛翔し、その国を冒
険するのです。飛翔する手段としては自然現象、竜巻きが選ばれていま
す。むこうは竜巻きが多いですからね。オズの魔法使いは毎年クリスマ
スに1巻ずつ刊行される人気商品です。ドロシーはオズの国に行きます
が、また元の世界に帰ってきたときに、トトという犬に向かって、「や
っぱりお家が一番よ」と言う言葉でしめくくっています。ところが、巻
数が進んでいくうちに、ドロシーは魔法使いになってしまい、現実世界
に戻ってこなくなってしまうのです。これはすごく面白い部分ですね。
どうしてドロシーが行ったきりになってしまうのか、みなさんそれぞれ
考えてみてください。
 1911年に、イギリスの作家ジェームズ・バリーが『ピーターパン』を
出版しました。これは女の子が飛んでいます。しかし、ヒロインのウェ
ンディは普通の女の子で、連れ出してくれるピーターパンが魔法使いで
す。もう1人女の子がいますが、彼女、ティンカーベルは羽を持った妖
精です。ウェンディが、「大人にならなきゃいけない」と言うと、ピー
ターパンは、「大人にならなくていいよ、子供のままでいようよ」と言
って、ネバーネバーネバーランドという所につれて行きます。
 後にウェンディは戻ってきて子供を産みますが、この子もまた、不思
議の国に行きます。でもなぜか幻想世界の住人になることができず戻っ
てきます。
 さて、飛ぶ女性といえば、忘れられないのが『メアリー・ポピンズ』
です。飛ぶ手段は、傘をさして、上昇気流に乗ることです。このお話で
は主人公のメアリー・ポピンズ自身が魔法使いです。飛ぶのは、「不思
議ななことがこれから起るよ」という意味です。彼女は、不思議が起っ
た後は、「風向きが変わったから」と言って帰ってしまうのですが、こ
れは、不思議なことの発生と消滅に、彼女が関与しているということで
す。
 また、あまり有名ではありませんが、イギリスのヒルダ・ルイスの
『とぶ船』と言う作品は非常に面白いです。
 骨董屋で小さいバイキングの船を買った少年が、いきなり大きくなっ
たその船で、バイキングのいる北欧神話の世界に行ってしまう。そして
神話世界から、現実の世界に、1人の女の子をつれてくる。彼女は昔の
人だから、現代の技術や何かを知らないわけで、私たちにとっての現実
の世界が彼女にとっては魔法の世界に思えるわけです。だから、彼女か
らしてみれば、すごい体験をして帰っていくことになるのというお話で
す。
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