フェリス女学院大学附属図書館読書運動プロジェクト「フェリスの一冊の本」
2007読書シンポジウム報告-9
フェリスの読書運動――シカゴの読書運動を学んで
わたしどもの大学では2000年に大学図書館棟が建設され、壮麗な見事な建物が建築されたことをきっかけとして、
外側だけでなく、中身も自慢できるものにしようとする「声」から始まりました。
2001年秋の図書館運営委員会でのことです。言い出したのはキリスト教学の先生梅本直人さんでした。
梅本さんはアメリカのシカゴで、人種も、階層も、文化も、宗教も異なる人々が
それぞれ地域を分割して住む状態を憂えて、「一冊の本」を選び、その本を共通の話題にすることで、
民族の違いや、肌の色、格差を超えて市民が結びつく場を模索し、成功したという事例を挙げ、
フェリスでも「一冊の本」を取り上げ、共通した関心を生み出すことで、
大学全体の中で図書館を情報発信の基地としていこうと訴えかけました。
この梅本さんの火を噴くような大演説に、 その場にいた図書館運営委員のすべてが感動し、
わたしどもの大学は読書運動プロジェクトを立ち上げることになったのです。
初年度(2002年度)はマフバルバフ監督の『アフガニスタンの仏像は破壊されたのではない恥辱のあまり
崩れ落ちたのだ』を 取り上げることがきまりました。
アフガニスタンのバーミヤンの遺跡の大仏がタリバーンによって爆破された直後のことでした。
アフガニスタンの内戦と混乱の意味を、破壊された仏像の側からだけでなく、
タリバーンの少年兵たちの関心と問題意識にまで降り立って理解しようとする強靭な思考力と、
豊な詩情を備えた見事なアフガニスタン論であり、戦争と平和論である書物でした。
この本をこの年の「一冊の本」に選び、新入生オリエンテーションキャンプで売ることとし、
学長、図書館長を始めとして、教職員の多くがこの本を宣伝し、この本の販売員を兼ねてくれました。
こうして、その後の図書館での販売も含めて、出版元から買い上げた500冊の本の大半(450冊)が
学生に買われていきました。
この本をどう読むか、アフガニスタン美術に詳しい非常勤の先生に指導していただき読書会が持たれ、
関連する地雷や戦争に関する講演会が持たれ、著者マフマルバフ監督の映画が上映され、運動を盛り上げました。
最終的には音楽学部の学生さんによる作曲・演奏会まで催され、学生による十数曲の演奏はCDに納められました。
費用は半額を文部科学省の補助金によってまかない、半額をフェリス女学院大学が負担しました。
こうして先生たちの協力のもと賑やかにスタートした読書運動でしたが、
学生の中で文学的な感動を問題にしようとする者と、 政治・社会的な関心を広げていくものに分裂し、
一般学生の巻き込みも充分ではありませんでした。
一部の意識の高い学生の旗振りに、大半の学生がついていけず、先生方の盛り上がりぶりとは対照的に、
学生の満足度が低かったのです。
この点を解消すべく、次年度からは、学生によるテーマ設定を優先させ、
学生の気持ちに沿った「一冊の本」選びに努めました。
宮部みゆきの『火車』を始めとするミステリと時代物の作品群です。
この年から読書運動はカリキュラムにも食い込み、さらに参加者を広げました。同年に初めて設定された学生提案による授業「私たちが学びたいこと」に「宮部みゆき『火車』を読む」というテーマで応募し、
選ばれて、学生主体の授業作りに協力してくれる先生を見つけ、学生の発表を中心とした授業を構成したのです。
『火車』の家族の問題、行方不明の問題、多重債務の問題、捜査の方法について、
都市空間の問題、「家」の問題など、学生の抱える問題意識を炙りだすように、
多重債務問題を扱う弁護士や、刑事、家族論、語りとしての『火車』などの講演が行われ、
学生全員によるレポートが論文のかたちで提出され、学生自身によって編集され、一冊の論集として完成しました。
まとまった論の少ない宮部みゆき論の傑作の一つと言っていい高水準の論集でした。
この年は学生による全教員の読書アンケートが実施され、
宮部みゆき作品の朗読と朗読に合わせた背景音の作曲も行われ、
文化祭の折、見事な公演が行われました。
もちろんこれもCDに録音され、参加した学生すべてに配布されました。実りの多かった年と言えるでしょう。
2004年度には村上春樹、2005年度には読書市場を席捲したハリーポッターシリーズの影響もあってファンタジー、
2006年度には宮沢賢治、2007年度はあさのあつこの『バッテリー』を始めとする
ジュブナイル(大人と子どもの両方が読む文学)の作品をテーマにしました。
来年度は安部公房の作品を取り上げる予定です。
年度ごとに取り上げる作品が平易なものとやや難度のあるものに振れているのは、
前年度の反省を踏まえ、調整する志向が働いたせいです。
2005年度以降は文部科学省の特色ある大学教育支援プログラム(特色GP)の対象として選ばれ、
高額の補助金(年に10,000,000円を超える)を獲得して、運営してきました。
講演も贅沢なメンバーをお呼びし、広告やホームページ作りも充分なものを作ることができました。
学生の創作コンクールの開催、入賞者の作品を載せた本の刊行などが可能になりました。
もちろん、特色GP選定は経済的にも、広報としてもありがたいことだったのですが、基本の精神は変わりません。
いくら金銭の応援があっても、読書運動を支え続けているのは結局のところ「志」なのです。
おそらく根本的な読書会や朗読会、演奏会、講演などは5年間の特色GPの補助金が切れても、
維持されていくだろうと想像されます。
しかし、カリキュラムの中に読書運動の科目を設置し、関連科目を構築していく動きはもっとも効果的でした。
多くの学生さんを巻き込んで、日常的に「読書」について、「本」の文化について、自覚的な学生を生み出し、
その年のテーマを深める授業を並行して展開していくことで、学生は自主的な試みとしての読書会、
講演会の読みをさらに深めていくことができるようになったのです。
また、関連科目として協力関係にある授業では、授業そのものを公開講座としたり、
発表会を独自に企画して、読書運動を側面から支えるものとなりました。
特に「読み聞かせ」の実践授業では多くの学生が読み聞かせに挑戦し、その成果を近隣の保育所で発表し、
地域の中で活動を広げていきました。
このような活動の一部が横浜市読書フェスティバルへの参加要請というかたちで今年度結実し、
11月にあさのあつこの『ランナー』を朗読し、音楽学部の学生の演奏とともに公演するに至りました。
学生の要望の高い本を積極的に購入する「私たちの<今>を読む文庫」の開設も、
学生の足を図書館に留める手がかりとなりました。
学生の借り出す本の上位はこの文庫の本が占め続けたのです。
これらの本は永続的に借り出しが続けられるようでしたら、図書館収蔵の本としますが、
原則的に、周期をもって廃棄しながら、新しい本を入れていくという方針で構成されています。
図書館の本のストックとフローという考え方で言えばフローを担う本と言えるでしょう。
どちらに傾いても大学図書館はその機能を果たせないのではないかと思います。
基本的な「本」、後代に残すべき「本」と、消費される「本」の両者のニーズをかなえることは
大学図書館のこれからのありかたかもしれません。
これからの図書館は昔のような教養主義だけではやっていけません。
しかし、流行の本ばかりを追いかけるわけもいかないのです。
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