フェリス女学院大学附属図書館読書運動プロジェクト「フェリスの一冊の本」
随想コンクール 結果発表-1

第1席 大澤彩さん
 『わたし8歳、カカオ畑で働きつづけて。』を読んで考えたこと

2010年のFIFAワールドカップは、日本チームの大健闘により国内は大変な熱気に包まれた。試合前、日本はあれほど酷評されていたにもかかわらず、初戦カメルーン戦を勝利し、続くオランダ戦には敗北したものの、デンマーク戦で決勝リーグへの進出を決めると人々のワールドカップへの関心は最高潮に達した。そして、PK戦に敗れ、日本のワールドカップは終わってしまったわけであるが、試合を見ていた人々へ大きな感動を与えた。まさに、はるか遠く南アフリカで行われているワールドカップを中心に日本中が一つに結束した瞬間であり、スポーツの偉大さを思い知った瞬間でもあった。
 「スポーツの偉大さ」といえば、私は『JICA’s World』の4月号で「スポーツの力」という特集が組まれていたことを思い出した。国連はスポーツを通じた開発に関心と期待を高めており、JICAも平和の構築や民族融和を目指し、ボランティアや青年海外協力隊などの派遣を通じ、様々な活動をしている。昨年民族紛争がようやく終結したスリランカにある「女子更正施設」では、犯罪者や精神障害者、親から虐待や性的暴行を受けていた人など、複雑なバックグラウンドを持った女性たちが共同生活を送っている。将来への希望を持てず、ふさぎ込んでしまうことの多い彼女たちも、体を動かすことにより、心が落ち着くと話している。このように、確かに世界はスポーツの力を認め、期待している。
しかしスポーツの力が高く評価される一方で、ワールドカップ開催中、世界各地で起きている民族紛争や貧困や飢餓に苦しむ人々のことなど、まるで忘れてしまい、あたかも世界中は平和で友好的であるかのような錯覚に陥ってしまった人はいないだろうか。そして、自らが熱いまなざしで応援するワールドカップの華々しい雰囲気とは対照的に、暗闇で働き続ける子どもたちの存在を忘れてはいないだろうか。
『わたし8歳、カカオ畑で働きつづけて。』の文中にもあったように、インドやパキスタンの子どもが小さな手や目を酷使し、サッカーボールを縫っていることは非常に有名な話である。ボールを縫う子どもたちだけでなく、フィリピンのゴミ山で鉄くず拾いをする少女ややカカオ畑で働く少年がチョコレートを一度も食べたことがないという衝撃な話も最近ではテレビなどがドキュメンタリー番組として特集することも多くなった。ゆえに、それまであまり注目されてこなかった、児童労働に従事する幼い子どもたちの存在が表面化し、私たち先進国に暮らす人々は衝撃を受けたはずである。さらには、自分たちが日常的に購入しているチョコレートやコーヒーが児童労働の賜物であることを知り、児童労働という途上国の問題が「先進国に住む自分」と深く、密接に関わっていることを自覚した。
先進国の人間が児童労働に加担している事例として、私が一番衝撃的であったのは、日本人による東南アジア諸国での児童買春である。なぜなら、2008年11月25日〜28日にブラジルのリオデジャネイロで開かれた「第三回子どもと青少年の性的搾取に反対する世界会議」を前に、国連ユニセフ協会の大使であるアグネス・チャン氏が講演で語った様子を当時新聞で読み、日本人旅行客の売春件数が他国に比べ、非常に多いことを知ったからだ。私は、その以前にも『子どもたちに寄り添う カンボジア−薬物・HIV・人身売買』という書籍で、実際に売春宿で働いていた経験を持つ少女の悲痛な体験談を読んでいたため、日本人がそのような卑劣な行いの当事者であり、加害者であるということが悲しく、またそれ以上に怒りを感じた。さらに、売春だけでなく、児童ポルノのサイト数がアメリカ、ロシアに続き世界で3番目に多いという事実にも驚愕した。欧州諸国では、ポルノ写真を所持すること自体が犯罪になるが、日本の児童買春・児童ポルノ禁止法の下では、処罰の対象とはならないのである。こういった実態をふまえ、日本の旅行業者がコードプロジェクトに参加し、日本人旅行客による児童買春阻止に向けた活動をすることは、画期的なことであると思う。また、ポルノ写真の所持を罰することが出来るよう、国内の法改正も真剣に、そして迅速に取り組まなければいけない。アジアに暮らす私たちがアジア諸国の児童買春に携わり続けることは、児童労働という悲劇の継続を支援することを意味するのである。
では、児童労働はいかなる理由で引き起こされるのだろう。それは、著者が主張するように、私も貧困であると考える。家族が、つまり親の収入が安定していないために子ども自身も働かざるを得ないのである。貧困は、仕事がないことやHIVの蔓延、アフリカに顕著である農業の低生産性がもたらす貧困、また、先進国の多国籍企業による搾取など様々な原因が複雑に絡み合っていると言える。貧困という究極の問題が改善されない限り、児童労働の根絶は不可能であると私は考える。しかしながら、ミレニアム開発目標は1つ目に「極度の貧困と飢餓の撲滅」を掲げる一方、その達成に向けた進展は順調であるとは言いがたい。私たち先進国の住人は、同じ地球市民として、世界の貧困削減を実現するために、また児童労働を廃絶するために、途上国の悲惨な実態を知り、嘆き悲しむだけでなく、何が出来るのか、何をすべきなのかを熟慮し、そして行動に移さなければならない。
私は、児童労働を助長させ、貧困の連鎖から抜け出せない1原因を作っていると思われる、先進国企業の搾取的な途上国に対する取引契約の是正を目指す「フェアトレード」に焦点を当てて、児童労働とのかかわりを考えていきたい。
甘くて美味しいチョコレートが、どのような生産・加工過程を経て私たちの手元へ届くのか、私に限らず知らなかった人は多いはずである。まず、フェアトレードとはいかなるものであるのだろう。複数のフェアトレード組織の頭文字をとった、非公式ネットワーク組織であるFINEは、「フェアトレードは、対話、透明性、経緯を基盤とし、国際貿易により大きな公平を求める貿易パートナーシップである」と定義し、さらに、「特に途上国の押しやられている生産者や労働者に対し、よりよい貿易条件を提供し、彼らの権利を保障することによって、持続可能な開発に貢献する。フェアトレード団体は消費者に支持されることによって、生産者の支援、関心の喚起、従来の国際貿易ルールと慣行を変更するキャンペーンに積極的に取り組む」、としている。
フェアトレードを行う目的は、途上国の人々の経済的自立を実現することである。では具体的にフェアトレードがいかにして人々の自立に結びつくのだろうか。まず初めに、途上国で生産された製品を先進国企業や消費者が適正・公正な価格で買い取るという、対等な取引契約を結ぶことにより、生活の維持が可能になるのである。これは、FLO(国際フェアトレードラベル機構)が定める最低取引価格の保証に見て取ることができる。また、適正価格での取引だけでなく、その契約関係が長期的に持続するということが重要であり、それがなされてこそ、人々は安定的な収入を得、将来への計画を立てられるようになるのである。さらに、フェアトレード運動は原則として前払い金を支払うことを重視している。それは、農業を営む上で必要な種や肥料、苗木などを購入するために、貯蓄のない農民は高利貸しから借金せざるを得ないため、それゆえに借金を返済するために働くという悪循環に陥ってしまうケースが多いからである。最後に、プレミアムと呼ばれる割増金の支払いにより、人々の生活を支援するという方法がある。プレミアムとは、商品の代金としてではなく、地域の教育や医療などの社会開発のために使われる資金のことであり、使途は各生産者組合によって決定される。経済的基盤の弱い途上国の生産者にとって、前述の最低価格取引とプレミアムの存在は、国際価格が下落しても正当な代金を得て、自らの力で持続可能な生産と社会開発を実現することを可能にするという意味で、フェアトレード運動の根幹であると言えるだろう。
しかしながら、私は『おいしいコーヒーの真実』という映画を見たが、これはエチオピアのコーヒー農民とスターバックスなどの巨大多国籍企業との闘いの様子を描いたドキュメンタリーであり、同時にフェアトレードの普及・拡大の難しさを痛感させる映画であった。フェアトレードは、生産者・企業・消費者とが三位一体となり、途上国の自立だけでなく、企業がある程度の利益を生み、消費者に選ばれる商品であらなければならないという点に、この運動が発展する上での難しさがある。つまり、フェアトレードがすばらしい活動であるとも確かであるが、克服しなければならない課題や問題も多いということも認めざるを得ない。
私たち先進国に住む人々は、ワールドカップを見て楽しみ、チョコレートを食べて幸せな気分になる。その一方で、児童労働に従事する子供が世界には多く存在する。国連開発計画によれば人間開発とは、「人々の可能性と選択肢を拡大すること」と定義されている。児童労働はまさに、人間開発の流れに逆行しているのである。私がこの本を読んで感じたことは、自分さえよければそれでいいという利己主義的な考えはもう通用しないということである。2008年の日本の国際児童労働撤廃計画への拠出額は19,796ドルで世界第19位である。世界第1位のアメリカの31,095,550ドルと比較すると悲しくなってしまう。私たちは、例え自分たちの生活を少し犠牲にしてでも、世界中の貧困に伴う児童労働と向き合い、児童労働の根絶を語るだけでなく、行動に移さねばならないと考える。私は、その第一歩として厚生労働省に送る児童労働をなくすための署名に参加する予定である。
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