フェリス女学院大学附属図書館読書運動プロジェクト「フェリスの一冊の本」
随想コンクール 結果発表-2

第2席 岩田はるかさん
日本人のわがままな胃袋事情―『日本の食卓からマグロが消える日』を読んで考えたこと

 一人暮らしをはじめて、頭を悩ませるのが毎日の献立だ。私はありがたいことに、その日食べたいものをそのまま食べられて、多くの中から自分で取捨選択できる日本という国で生きている。日本はその圧倒的に低い食料自給率という実情からは考えられないほど“食べる自由”に恵まれた国だ。季節に関係なく食べたいものを食べれる自由、好きなものを好きなだけ食べれる大量消費の自由、ひとつの品目や食品をとってもこれまた数々の種類の中から選べる自由、数え切れないほどの企業がひしめきあう外食の自由・・・などなど。その自由が献立の幅を広げているのだから、毎日の献立にこんなに悩むのだ。と、選べることに甘えた発言をしてしまうのだが、この自由は本当に幸せなことなのだろうか。
 日本人の胃袋にはさまざまな世界のおいしさが吸収されてきた。美食大国日本の、たとえそれが日本食でも、材料のすべてが日本生まれでないことは日本人のほとんどならそれを理解しているだろう。安い外国産の野菜、生肉、加工食品は私たちの生活に欠かせないものとなった。やれ跡継ぎ問題だ、若者の農業離れだ、だのうんぬん言う前に、安いんだからしょうがない。単純にいえば利益の問題である。それは企業が仕入れてくるんだから、海外に工場を持ったのだからしょうがないと消費者は被害者ぶれるかもしれないが、もともとは私たち消費者が安さを求め企業同士を争わせた結果なのだ。高級品だったお寿司でさえ、海外からの輸入によりぐっと身近なものになっている。皮肉なことに今日食べたお弁当だって原材料は空または海を経由したどこかのだれかさんの国からやってきたのである。日本人は食の問題に対しても平和ボケしているように見える。
 近年の日本食ブームに対してもそうだ。日本食の健康志向さ、鮮魚を生のままいただくお寿司のおいしさなど世界的起こった一大ムーブメントに、日本人は誇らしげにその模様をメディアを介して伝えてきた。だがちょっと待ってほしい。日本食ブームということは、その材料たちの需要が大幅に増えたということだ。例をとればマグロがその代表格だろう。漁業資源の限りを、マグロを食べる日本人のどれだけが意識しただろう。マグロ消費国日本の食卓を直撃する漁業市場の世界的な争奪戦が始まっているのだ。
今まで生で魚を食べるような文化がなかった国々でも、お寿司ブームのおかげで鮮魚のおいしさに目覚め、漁業市場にぞくぞくと買い手が流れ込んでいる。お隣の大国中国でも、富裕層の増加につれて日本と同じく食の自由が幅を利かせてきているという。また、BSEや鳥インフルエンザなどの影響のため、世界的に魚の需要への関心が多く増えているという。経済力によっていい品安い品を買い占めてきた日本だが、その立場は確実に危うくなっている。
漁業界隈では海鮮バブルが始まっている。もはや自由に魚を買う時代は終わったという。その証拠に、獲れた魚の見た目や大きさなど品質に厳しい規格を設定する日本だったが、このままではそれすらこだわっている暇さえないように底値が上がり始めている。国内で消費するマグロの6割を海外に頼ってきた日本だったが、乱獲や枯渇の問題が現実的になってきている。私も今まで危機感のない日本人の一人だったが、いちばん身近な食卓に世界が迫る危機を感じ始めた。ひょっとしたら、「お寿司は高級品である」というベターな昭和の設定がまた決まり文句になる時代がやってくるのかもしれない。
 日本人は国内回帰をするべきなのかもしれない。漁業も生鮮市場も、海外にそのシェアを奪われつつあるが日本には古来から魚を愛し消費してきたのだから、そこには歴史がある。スーパーにいけばいつでも食べたいものが食べたいときに買えるが、よくよく考えれば日本特有の四季折々にあわせた季節柄のおいしい調理法もある。それは長年魚を消費してきた日本にしかない技術である。食卓に運ぶまでも、どのような保存法が一番その魚それぞれに適しているかも、日本人が一番知っているのではないだろうか。また、買い手に選ばせるディスプレイ技術も考えてみれば日本がトップクラスのスキルを誇っているだろう。これらの技術は世界に負けないレベルであり、今後鮮魚が世界的に広く浸透されていく上でどこからも必要とされるものではないだろうか。
しかし、燃油の高等など漁業界にピンチが訪れているのも事実である。鮮魚市場が日本独り占めでなくなった今、労力の面も含めて海外との協力やサポートが必要になるだろう。日本一人の問題ではないのだと考える。よくよく考えればひとつの国として考えるより、世界的にマグロを消費していると考えれば、その中でシェアしあったり技術力のサポートをすればいいのではないだろうか。日本が食料自給率が低い中、ほかの食品で世界を頼ってきたように、危機が迫ればそれを互いに補い合うような市場になればいい。これからの時代、各国協力の下、漁業市場の活性化が見られるであろうことを期待したいと思う。よりよい食卓が日本だけではなく、世界に広がるよう願いたい。
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