フェリス女学院大学附属図書館読書運動プロジェクト「フェリスの一冊の本」
33-7・紹介 宮沢賢治の本〜第1回
2006年6月30日発行読書運動通信33号掲載記事9件中7件目
特集:コンクール結果発表(随想コンクール・ポスター標語コンクール)
紹介:宮沢賢治の本〜第1回
募集:創作コンクール、賢治の世界・イメージ展
 
『どんぐりと山猫』
『宮沢賢治グレーテストヒッツ』収録
請求記号E||Mi  資料番号103343320 緑園2階
請求記号RP||マスム  資料番号190429350 緑園2階

『どんぐりと山猫』は、宮澤賢治の生前に刊行された唯一の童話集、
『注文の多い料理店』の巻頭をかざる作品です。
物語はこんなふうに始まります。

「をかしなはがきが、ある土曜日の夕方、一郎のうちにきました。
『かねた一郎さま 九月十九日 あなたは、ごきげんよろしいほで、
けつこです。あした、めんどなさいばんしますから、おいでんなさい。
とびどぐもたないでくなさい。山ねこ 拝』」

 葉書を受け取った一郎は興奮で眠れない夜を過ごし、翌日山奥の草地へと
出かけていきます。面倒な裁判とは、なんと、どんぐりたちの間で
「だれが一番偉いか」判定するというものでした。山猫は「偉い」の
尺度を決め兼ねて、ほとほと弱っていたのです。
 意見を求められ、一郎は言います。

「そんなら、かう言ひわたしたらいゝでせう。このなかでいちばんばかで、
めちやくちやで、まるでなつてゐないやうなのが、いちばんえらいとね。
ぼくお説教できいたんです」

 裁判は決着します。
 何に一番価値を置くかは非常に難しい問題です。
価値観の多様化は歓迎すべきことですが、その行きつく先が、
ばらばらな自己主張のみで、なんら相互理解につながらないとしたら、
それは困ったことです。
 この童話は、ファンタジーの形を借りて、個別性と普遍性の関係を
私たちに問いかけています。
 さて、判決をくだし、喜んだ山猫は、一郎に黄金色のどんぐり一升を贈り、
これから裁判のたびに一郎を呼んでもいいかと聞きます。
一郎は快諾しますが、呼び出し葉書の偉そうな文言には難色を示します。
山猫はそんな一郎を馬車で家まで送らせますが、家に近づくにつれて
どんぐりは輝きを失い、茶色になっていってしまいます。
気が付くと彼はたった一人でどんぐりの入った升を抱えて
家の前に立っていたのでした。
 物語はこんなふうに締めくくられています。

「それからあと、山ねこ拝といふはがきは、もうきませんでした。
やつぱり、出頭すべしと書いてもいゝと言へばよかったと、
一郎はときどき思ふのです」

 賢治のすばらしい描写力が楽しめる一冊です。 
  (図書館 鈴木明子)
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