フェリス女学院大学附属図書館読書運動プロジェクト「フェリスの一冊の本」
38-5・紹介 宮沢賢治の本
2006年11月30日発行読書運動通信38号掲載記事6件中5件目
特集:人生
紹介:宮沢賢治の本〜第6回
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『革トランク(注文の多い料理店 収録)』
請求記号 RP||ミヤザ  資料番号190422290  緑園2F読書

 私はこの『革トランク』の別名は「斉藤平太観察日記」だと思った。
この作品は主人公・斉藤平太のことが非常に客観的に、
淡々と描かれているからだ。特に彼のまぬけぶりなど、
とてもおもしろく表現されていて、一見ユーモアのある、
愉快なお話のように感じられる。
しかし実際は、ちっとも愉快なお話などではない。

斉藤平太は、その春、楢岡の町に出て、中学校と農学校、
工学校の入学試験を受けました。三つとも駄目だと思っていましたら、
どうしたわけか、まぐれあたりのように工学校だけ及第しました。
一年と二年はどうやら無事で、算盤の下手な担任教師が斉藤平太の
通信簿の点数の勘定を間違ったために首尾よく卒業いたしました。

『革トランク』はこのように始まる。
その後、工学校を卒業した斉藤平太は建築関係の仕事に携わるが失敗し、
逃げるように東京へと旅立つ。そこで3日間仕事を探し続け、
ようやく区役所の撒水夫という定職にありつく。
慣れない都会での生活と病気とに苦しみながらも、2年の歳月をすごし、
だんだん東京のことに慣れてきたところで、斉藤平太はついに
建築関係の仕事に戻ることができた。が、なぜか彼は大工たちに憎まれて、
陰険ないじめを受けてしまう。やがて母病気の報せを受け、
帰郷することにしたが、彼には今着ている一張羅の麻服があるばかりで、
他には持ち物とてなかった。いろいろ考えた末、彼は20円も払って、
大きな大きな革のトランクを買ったのだった。しかし当然中に入れるものもなく、
しかたなしに、大工の親方から不要になった絵図をもらいうけ、
それをトランクにぎっしり詰め込んで帰郷したのであった。
このように内容を追ってみると愉快どころか、
むしろとても悲しい話だということがわかる。
この話にはおかしなエピソードがたくさんある。
建物をつくっても廊下をつくり忘れたり、
大きな革トランクを購入しても入れるものがなかったりなど、
ユーモアとしてはわざとらしいほどに主人公のまぬけさが強調されている。
しかもこの作品では「斉藤平太は…」という、フルネームのしつこいほどの多用と、
「こんなことは実にまれです」という、多い時には3〜4行おきに
1度の割合で繰り返される作者のツッコミが、悲しみの要素を半減させ、
観察日記のような滑稽さを増幅する効果を出している。
『革トランク』は非常に短い作品ではあるが、
賢治の表現力が遺憾なく発揮されている。
しかし、どこか自嘲のようなものが含まれていると感じるのは私だけだろうか。
   (英文学科1年 宮川いづみ)
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