フェリス女学院大学附属図書館読書運動プロジェクト「フェリスの一冊の本」
2003-1活動報告書 はじめに
二年目の読書運動プロジェクト 日本文学科 三田村雅子
二年目の企画
 梅本先生の大胆で前向きなご提案から図書館の読書運動が始まって二年目、ようやく
読書運動も学内でその活動が認知されるようになり、学生の活動も、図書館の
フォローも本格化していったような気がする。2002年度は、アフガン戦争の状況を
踏まえて、アフガニスタンの問題をということで、マフマルバフ監督の
『アフガニスタンの仏像は破壊されたのではない。恥辱のあまり崩れ落ちたのだ』を
取り上げたが、2003年度は「ミステリーの中の現代と社会」という角度から、
宮部みゆきのミステリー作品を中心に取り上げ、特に代表作『火車』をめぐって、
熱い討論を繰り広げた。

批判の声
一年目の本の格調の高さと比べると、エンターテイメントであり、現在ベストセラーの
頂点を走り続けている宮部みゆきの作品であるだけに、「軟弱な企画だ」との
批判の声も聞こえたし、「あんなベストセラーをわざわざ広告する必要がない」という
意見も、「学生に迎合するものだ」という声もちらほら聞こえてきたが、
わたしたちはめげなかった。
宮部みゆきは抜群におもしろいだけでなく、都市・家族・家・多重債務の問題など
身近な問題に発した現代社会の歪みを繰り返し取り上げてきた小説家である。そのような
新しい社会問題まで関心を広げながら、読書の楽しさを何より知ってほしいと思っていた。
さいわい、教員の理想が先走って空回りしてしまい、必ずしも一般学生の盛り上がりが
見られなかった一年目に比べると、学生の反応は上々で、宮部みゆきの文庫本は
いつも誰かに貸し出され、学内で話題とされるなど手応えを感じることができた。

読書の環境作り
二年目の継続ということで、一年目の反省を生かし、アンケート調査を積み重ね、
さまざまなフィードバックのしかけを作っていったことも、有効に作用したと思われる。
これをもって読書運動が格段の成果を挙げたなどと大手を振って言えるほどのことでは
ないが、本を読むことに対する無関心層の増大を食い止め、読書に関心を向ける
雰囲気作りに役立ったとは言えそうな気がしている。少なくとも読書好きの学生さんたちが
学内で孤立したり、ネクラなどと敬遠されることのない、環境が整えられていったような
印象がある。
最近の読書調査でも東京都区部に住む人は多く本を読み、地方在住者は本を読まなくなる
傾向が強いことが指摘されている。本という刺激に接している機会が多いほど自然に
「本」と親しむ傾向がもたらされるのである。私たちのフェリスの図書館は設備も広さも
十分であるけれど、「古典的」「規範的」な本、資料に偏って学生たちの今関心を
もつような本を置くことは比較的少なかった。「調査」する本はあるけれど、
「読む」本については手薄だったのではないか。わたしたちの読書運動は、そうした
「本離れ」を起こしかけている層に刺激を与え、働きかけると同時に、図書館の
やっていることに興味・関心を持つ学生を確実に増やしてきた。
このような、学生全体の支持の雰囲気に支えられて、読書運動プロジェクトの
学生さんたちも、活発な活動を展開することができ、その意味では、教員と学生、
プロジェクトの学生メンバーと一般学生との間の歯車がかみ合ってきたような印象がある。

授業と連携して
昨年度と違って大きかった点は、授業と連携を組んで企画が進められたことである。
ちょうど2003年度から始められた「学生提案の授業」の第一号に「宮部みゆきを
読む」が採用され、八十名近くの学生が参加して、学生の主体的な発表・講演・企画が
盛り込まれた、新しい挑戦的な授業が始まった。ご担当の先生は安藤公美先生、
フェリスの卒業生で博士号をお取りになったばかりの新進気鋭の先生であった。
宮部みゆきを都市論として、家族論として、語り論として、犯罪論、金融論として読む
きわめて興味深い発表がそれぞれ学生からなされ、活発な議論が展開された。
その授業の成果は『火車を読む』という百ページを超える冊子にまとめられたが、
これまで研究の対象とされてこなかった宮部みゆきについての初めての本格的な
論集として水準の高いものができあがっている。
 ただ読むだけでなく、様々な角度・切り口から作品を読み解き、これを人に伝えていく
レベルの高い授業が学生の自発的な提案と教員の的確なサポートによって遂行されたのは
特筆すべき出来事だったろう。

展示コーナーの成功
 この冊子『火車を読む』は図書館入り口前の宮部みゆき作品展示コーナーに置かれて、
学生の活動を広く他の学生に知らせるものとなった。また、この展示コーナーでの
宮部作品の展示は人目を惹きつけたようで、文庫本の貸し出しは引きも切らずであった。
文庫本くらい自分で買えという意見もあるが、良質の本屋さんに恵まれない緑園の
環境の中で、学生が「本」と出会うのは図書館しかないという現状があるのである。

学生メンバーの活躍
 さらに読書運動プロジェクトチームは、教員全員に詳しい読書アンケートを行い、
一人一人の先生方に読書運動を説明し、協力を求めるというかたちで、教員の関心と
意見を引き出すのに成功した。図書館もまた独自に学生に対する読書アンケートを行い、
「私達の〈今〉を読む」文庫の設置を積極的に推し進め、現代の本のコーナーを
設ける等、時代に即応した本棚作りを推進している。こうした活動は大学の中に、
絶えず読書をめぐる論議を巻き起こしていくと言う意味でも有意義であった。批判を
くださった先生方のご意見も貴重なもので、今後の指針となってゆくに違いない。
また、学生たちは、フェリス祭に、図書館ウォークラリーを計画し、多くの入館者を
惹きつけた。チャペルで二日間にわたって行われた朗読・演奏会も充実したものであった。
宮部みゆきの小説「燔祭」を、音楽学部の学生さんたちがその場面の印象をもとに
作曲してくれた音楽の演奏を挟んで朗読するという贅沢な試みで、これも音楽学部を
持つ私たちの大学の強みだろう。これに加えて弁護士・刑事さんなど多彩な講師陣による
講演会(6回)・映画上映会があったのだから、一年を通じてその活動には
めざましいものがあった。

図書館の献身的なサポート
それらを支える広報活動は図書館の池内さんが大いに活躍してくれた。ポスター、
ちらし作成から、ポスター掲示などの煩雑な雑用を労を厭わず引き受けてくださったのは
大変ありがたく、学生たちの突飛で飛躍のある思いつきを実現してゆく道筋をつけて
いただいたことは感謝に堪えない。来年度は、下から支える力持ちというだけでなく、
企画そのものにも、図書館側から積極的に関与していただきたいと、定例会の開催など
予定している。

読書運動通信の発行
私もまた、読書運動通信の発行に努め、遅れながら、少しづつ刊行し、2003年度は
15号まで刊行できた(図書館ホームページで随時公開中、ついでに言えば、うちの
大学図書館のホームページは学内屈指の内容の充実を誇る。かわいいデザインの観覧車も
含めて、作成者の池内さんに感謝)。読書運動の進み具合、予定など広報の役目
以外にも、私の宮部みゆきという小エッセイの連載、友達に勧めたい本などの紹介
コーナーを設けて、読書の輪を広げてゆくことに微力を尽くすことになった。忙しくて
大変ではあったけれど、実に楽しく、やりがいのある仕事だった。専門を離れて、
「本」について書くことを何より喜んでいたのは自分ではないかと思うことが何度もあった。
今まで読まなかった若向きの本を中心に、読書の幅を大きくふくらませていくことが
できたのも、読書運動に関わっていたお陰だと感謝している。

読書の未来へ
読書の前途はこれからも、必ずしも明るくはないが、この二年間読書運動に関わってきて、
読書の習慣をつけるべく、思いを込めて学生・教員・図書館の職員が共に活動してきたことは
決して無駄ではなかったと信じたい。何より読書運動に関わってくれた学生たちが
変わったことがうれしい。そして、彼らに追い上げられるように、教員も、図書館も
変わったと、今つくづく実感している。
来年度は大好きな村上春樹が「一冊の本」に取り上げられる。これもまた、うれしい。
Copyright(c) 2000-2006, Ferris University Library. All Rights Reserved.