フェリス女学院大学附属図書館読書運動プロジェクト「フェリスの一冊の本」
2007-2活動報告書・読書会-3
2007・活動報告書・読書会-3 *この記事は1〜5まであります
第三回読書会『一瞬の風になれ』を読む
今回の読書会は、「この作品のどの登場人物が好きか」につい
て盛り上がりました。皆で作品の感想を語りあっているうちに、
いつの間にか「連が好き」「いやいや、やはり新二が一番」
「4継の決断シーンでのネギに惚れました」など、誰が、登場
人物の魅力を一番理解しているかを討論する回になってしまった
のです。これはこれで、読書会に来た人達が、この作品を深く
読み込み、どれほど場人物に感情移入したかを垣間見る事が出来、
楽しいものでした。同じキャラクターに対し、自分とは違う感情
や印象を抱く人もいることを知った時は不思議だと思いました。
また、普段話したこともない人と一冊の本について意見交換でき
たことは、とてもよい経験でした。

これは、『一瞬の風になれ』という、登場人物一人ひとりの個性
が、読者をひきつける作品だからこそ出来た読書会といえます。
が、この読書会で残念だったことが一つあります。登場人物の
魅力ばかり語り合っていたがゆえに、作品の内容にはあまり触れ
ることが出来なかったことです。物語りを語る上で、登場人物の
魅力をしることは重要ですが、それだけで終わってしまったのが
少し残念だと思いました。

                  感想・報告 日本文学科 3年 高松彩子

【感じたことから】
佐藤先生)多分この『一瞬の風になれ』は読む前から私たちを
高めていると思います。「A.本の体裁」、「B.本の内容」
ってなんて味気ないこと書いちゃったんだろうって思うんです
けど、要するに、パラテクストとテクストそのものということ
で2つにわけました。まず、この3巻を見た時に、一番最初に3巻
分の巻数に巻の数を示す数に振られたルビが1巻「イチニツイテ」、
2巻「ヨーイ」、3巻「ドン」がお洒落ですね。それから、本の帯。
3分の2が帯だよね。かなり胸中に帯を組ませています。しかも
「第28回吉川英治文新人賞受賞」。それから、やっぱりこれは
強いです。「全国書店員が選んだ一番売りたい本」、「2007年
本屋大賞受賞」これでグッときたというか。

小川洋子の『博士が愛した数式』を知っていますか?「第1回
本屋大賞」を受賞した小説ですが、「本屋大賞」は、本屋さん、
つまり本読み巧者、読むのが上手い人達が、「これは良いよ」
って勧めているわけで、があって、「本屋大賞受賞作品」といわ
れると、「これはおもしろいかも」と思い、胸が高鳴りました。
読む前にです。
今日のテーマ、『一瞬の風になれ』も「本屋大賞」を受賞して
いますので、とても期待して手にとりました。まず、装丁色の
淡さに目がいきますよね。1巻の絵は「フィールド」。多分これ、
サッカーのフィールドですよね。2巻はブルーの海岸線。これは、
連が合宿の最後に入った海を表わしているんでしょうね。で、3巻
が根岸の描いたコーナー走練習用のトラック。後になって、これ
は根岸が描いたものだということがわかるわけですね。だから、
最初見たときは「普通のトラックじゃなくて、手書きのようだ。
なんでだろう」と思う。しかも、色が淡いから、淡々とはじまっ
ていくのかなぁ、と思う。読む前に「掴んだね!」という感じで
読みました。

そして、まず、私はこの序章の一行目の所の、主人公の新二の
「俺はへぼいパスだった」ってところに目が行きました。それ
から、友達の連との絡みがあり、「どうだった試合?」って。
13ページですが、「俺の顔をみるなり健ちゃんは聞く。もう
一風呂浴びたらしくサッパリした顔と湿った髪をしている。
風呂上りの実の兄を見て、かっこいいなぁ、って思う俺って
どうかしてるかな」とか言ってて。主人公は、兄に憧れとコン
プレックスとを抱いているのがわかります。これはもう、兄弟の
葛藤が始まるだろうと。主人公は、兄だけじゃなくて、友達の
連にコンプレックスがあるんですね。しかも、完璧に見える天才
の兄もまた、何か痛みを抱えているに違いない、と。私は大人
ですから、この序章でそこまで裏読みしてしまうわけです。
そうすると、これは多分、順調にはいかないぞ、と。サッカーは
兄のように上手くなれないけれど、実は天才なのは主人公の新二
の方なんじゃないのか、とか、いろんな期待をこめて読んでいく
わけです。

 が、そこまで深読みしなくても、単に物語を拾うだけでもす
ごいな、と思います。まずは神谷健一・新二兄弟の物語があっ
て、健一の物語があり、新二の物語があり、家族の物語があって。
皆さんは、最初の頃ドキドキしなかった?お母さんがお兄ちゃん
ばっかりに夢中で、絶対新ちゃんの方はかまってないとか。
でもそれは違うんですね。そこで騙されちゃいけません。だって
こんなに新二君が努力家で、良い子に育ってるってことは、
愛情をたっぷりかけられているってことなんです。よく読むと、
いいお母さんですね。一ノ瀬連にも、ものすごい物語があって、
男好きの連のお母さん、良いですよねえ。笑。

次に春野台高校の陸上部自体の物語。三輪先生が高校生だった
頃から春野台高校のリレーは続いているって新二が言うんだけど、
まさにそれだよね。走るってことはバトンを繋げることだ、
みたいな所がある。

これほど継続性を意識される小説もないなって思うんですが。
ランナーってまっすぐに走って行くわけですが、途中にカーブ
もあるし、走ること、フィールド自体が人生だとしたら、これ
までの走りと、今の走りと、これからの走りと、ずっと続いて
行くんだっていうのが明瞭に出ている。新二は自分の才能に
気付いて自立していく、そして兄の健一も自分の限界に気付いて
自立していくんだろうなと予測させる。ずっとずっと続いていく
物語ですね。

 それから、三輪先生が良いですね。肩の力が抜けていて、でも、
押さえるところは押さえていて。ここまで生徒にトコトン付き
合う先生って少ないと思うんですよ。さらにすごいところは、
普通、コーチとか導者っていうのは、自分自身がやり残したこと
を、生徒たちにどうしても託したくなるわけですよ。この子は
伸びるって思ったら、ガンガンしごいて、行けよ行けよって言い
たくなるんだけど、それをしないのは、相当の自制心だと思いま
した。

陸上競技のトラックって、一番最初のコーナーを曲がるまで、
一人一人決められたレーンを走らなきゃならないという、結構
孤独なところがあります。この物語には、いろんな意味で、
一人一人の孤独なの戦いと皆で戦うというものがありました。

 本当に佐藤多佳子さんはの一人一人の色分けが上手いですね。
そしてキャラクター同士の絡ませ方が、また上手い。読み手自身が、
自分が風を起こして走っているような、そんな気にさせられます
よね。では次はみんなの感想も聞かせてください。

学生)私は、連に惹かれました。天才肌の人の縛られない感じ
がいいです。
佐藤先生)突き抜けちゃった感じがありますよねぇ。
学生)私も連の自由奔放そうな感じとか、すごい人なのにひけら
かさないのが良いと思いました。
佐藤先生)連と新二が一緒にいると、その相乗効果で、お互い
がより魅力的に見えますよね。
学生)だって連は新二とかけっこがしたかったんですもんね(笑)
学生)私は根岸が素敵だと思いました。根岸って、途中で後輩
の鍵山に交代して、リレーを走らなくなるじゃないですか。
なのに、根岸はちゃんと彼を指導をする。みんなが鍵山はバトン
を繋げないから一回降ろそうって話をするじゃないですか、
なのに、役を取られた立場の根岸が「ほんとのスプリンターは
俺じゃないから」って言うところが。カッコいいです。
佐藤先生)かっこいいよねぇ!
学生)はじめは自分が走っていたのに、途中で後輩に交代させ
られる。でもその後輩が上手くできない。仲間たちも、自分の
ことを必要だって言ってくれている。しかも、最後のリレー。
絶対走りたいはずなのに、それを譲るなんて、かっこいいなと
思ってました。
学生)私はすごいアガリ症なんです。だから、最初のうち、
新二が試合前におなか壊したりしてる、その気持がとてもよく
わかりました。でも、だんだん巻が進むにつれて、落ち着い
てくるというか貫禄がでてくるというか、その過程がすばら
しいと思いました。
学生)それぞれ、かっこいいところがありまよね。絶対に
根岸も走りたいはずなのに後輩に譲ったり、連が守屋先輩の
卒業式に涙したところとか。
学生)なんかそこら辺から、連が陸上のチームにこだわるよう
になって。
学生)いままでは自分が走りたくて走ってる節があったけど。
学生)それまでは連という天才肌の少年が一人で突っ走ってる
感じだったけど、実はあんなに頑張ってたのは、守屋先輩の
ためなだったんだって周りが認識しましたよね。連がチームの
輪の中にずぼっと入った感じがした。
三田村先生)これだけの量よませるってのに、彼ら、どこにも
いかないじゃない。前回の読書会で取り上げた『DIVE!』は、
オリンピックへ行ったのに。この物語りは、少しずつ少しずつ
積み上げていく時間にすごく幅があって厚みがあって、脇役の
はずの守屋君や根岸くんの小さな話が、読んでいくうちにどん
どん降り溜まってきて、良いなぁって思うし、新二くんの努力家
ぶりも、制作造形して書かれるというんじゃなくって物語りを
読んでいく中で、自然に紡がれていく。こういうふうに、人間が
立ち上がってくる感じががすごいなって思いますね。
書き方が上手いなぁと思うのは、一日のレースで、短距離と
長距離があって短距離の予選から始まって、予選、決選、予選、
決選と3回くらいあって、そして、最後にリレーがある。リレーが
一番彼らのやりたいことなんだけど、リレーに力をかけすぎて、
前半が駄目になっちゃったり、前半で力を入れすぎてリレーが
駄目になっちゃったり、最終的には見事なリレーになるわけですが、
この組み合わせがとても上手いと思いました。リレーの最後の
勝利には、感動してしまいます。本当に王道で、そうなるって
わかっているんだけど、それで感動させてしまう筆者の力量は
すごいなって思います。こんな単純なことで感動させられてって
思うんですが、やっぱり感動してしまいますからね。
佐藤先生)色気だせばもっといくらでも盛り上げていくことが
出来るんだけど、絶対揺らがないですよね、軸足。彼女はすごいと思う。
三田村先生)作者の、グゥと書きためて一気に書いてしまう力が
すごいうなと思いました。
学生)勝ち負けも大事だけと、勝ち負けだけじゃない他のところ
にこだわりをもっている人たちが書かれていますよね。こいつら
と走った、というのに重点が置かれているような感じがして、
気持ちのいい話だと思いました。
 章の題名が簡潔で分かりやすく、話もテンポよく進んでいって、
それがまた心地よく、その進行が楽しかったです。本当に一気に
読めて、読み始めたら止まらなくて。
佐藤先生)こういう機会がないと読めないから、本当にいい本を
紹介してくれてありがとうございました。
学生一同)ありがとうございました。
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