フェリス女学院大学附属図書館読書運動プロジェクト「フェリスの一冊の本」
05-3・梅雨の季節に薦めるこの一冊
2003年6月19日発行『読書運動通信5号』掲載記事4件中3件目
●倉嶋厚監修「雨のことば辞典」講談社 ●
 今の季節、雨にまつわることばが身にしみる。青時雨、暁雨、白雨、梅霖、
麦雨、水雪、春霖、徐雨、潤雨など、雨の名前をたどっていくだけで、心まで
潤いを帯びてくるから不思議だ。雨のしたたり、湿り気をうまく使いこなす
さりげない言葉のおしゃれをしたい。

●永井龍男「青梅雨」『青梅雨 その他』 ●
 大阪八尾市で老人ばかり三人が踏み切りで事故にあったと報道されたのは
つい数日前でしたが、昨日(18日)の新聞の記事によれば、多重債務で取り
立て屋の脅迫に耐えかねての自殺だとわかったそうです。足の悪い夫のために
働き続けた働き者の几帳面な奥さんが、家計の苦しさに耐えられず、つい借りて
しまった1万円が原因で多重債務地獄に落ちてしまい、その挙句の兄もろともの
心中でした。
 永井龍男の名作「青梅雨」もわずか50万円の返済ができず、律儀な人々が
苦しんだ挙句、一家心中を決意し、実行するに至る1日の出来事を淡々と
描いた作品です。けぶるような梅雨の「糠雨」が、廃屋のように荒れた家を
呑みこみ、人々の心を浸し、腐食させ、生きる意欲を奪っていく経過が、
身にしみるように繰り返し描かれて、「梅雨」こそこの心中をもたらしたものだと
実感させます。登場人物の話す、ほとんど明るいといってもいい会話が、死を
覚悟したからこそ出てくるものだと思うと、底冷えがしてきます。漏れ続けている
風呂や、擦り切れた洗い立ての浴衣、たった2合の別れの酒さえもが、この誠実で
不器用な人々が死を選ばなければならなかった理由を語っているようで、「しん」
とその死を見つめずにいられません。「梅雨」に「青」が付された「青梅雨」は、
そうした「死」につながる落ち込みの青い暗がりを描いた傑作でした。

●宮部みゆき「地下街の雨」(集英社文庫)●
 そう言えば宮部みゆきさんの『火車』も雨で始まる多重債務の物語でしたね。
短編集「地下街の雨」の表題作は、人との交際を絶って「地下街」に<もぐって
いるうちに表が雨景色になっていることに気付かずにすごしていて、ある日突然
「雨」が降り続けていたこと,男に捨てられていたことに気付く元OLの物語です。
存在の底が割れるようなこわさですね。でも、もっとこわいのは、第2作目の
「決して言わない」。深夜遅くなって、帰りの交通機関が無くなってタクシーも
来ないまま雨の中を歩いて帰ろうとする男に、寄り添うように現れた老人。
老人の問わず語りは、2人の間を繋ぐおそろしい絆を遠まわしに告げるものでした。
雨の夜、気温が10度近く下がった晩には、決してバスの最終便を逃してはいけない
と痛感させられるコワーイお話です。
(文学部教授 三田村雅子)
Copyright(c) 2000-2006, Ferris University Library. All Rights Reserved.