フェリス女学院大学附属図書館読書運動プロジェクト「フェリスの一冊の本」
40-5・特集2.スポーツと文学-3
2007年4月30日発行 読書運動通信40号 掲載記事10件中5件目
特集:1.新年度テーマについて 2.スポーツと文学
紹介:私の好きな児童文学〜第1回
お知らせ:イベント、募集、他
『風が強く吹いている』 三浦 しをん 著  新潮社
所蔵無し 発注中

私の母校は、新年の恒例行事である東京箱根間往復大学駅伝競走(箱根駅伝)に
39回出場しており、総合優勝2回、往路優勝3回、復路優勝1回の実績を持っている。
ちょうど私の在学中に、陸上部駅伝チームが18年ぶりに箱根駅伝本選出場をはたした。
大会当日、一人暮らしをしているサークル仲間の部屋に押しかけ、テレビの前で
皆で応援したことを懐かしく思い出す。 
卒業後、私は母校のスタッフになったが、そのころ初出場から61年目にしてやっと、
しかも前年度途中棄権から予選会突破を経て、ついに初優勝したときの嬉しさは、
今でも忘れられない。
三浦しをんの直木賞受賞第一作は、この箱根駅伝をテーマにしている。
ケガで一度は陸上競技を断念した主人公の清瀬灰二は、走るために
生まれてきたような蔵原走に出会うことによって、忘れかけていた
走ることへの情熱を取り戻す。そんな彼らの情熱に押されるように、
所属する陸上部は、全員一丸となって箱根駅伝出場を目指すことになった。
しかし、部員たちは全くの素人。ほとんど実現不可能とさえ思える夢に向かって、
自分と仲間を信じ、彼らは全力で走る。その姿は力強くひたむきだ。
三浦しをんの取材は綿密で、登場人物の内面の描写はみずみずしい。
駅伝を見ていると、脱水症状や疲労骨折で棄権に追い込まれたり、
繰上げスタートでタスキがつなげられなくなったりと、
視聴者の涙を誘うような場面が何度もある。が、本作の中にはそういった
ドラマチックな場面は出てこない。
三浦は言う。
「ハプニングで物語は盛り上がるかもしれないが、一所懸命走っている
彼らにとっては盛り上がるどころではない。それよりも、
彼らが走っているときに何を考え、何を感じているのか、
それをこそ描きたいと思った」
作者の作品にかける情熱と作中人物の情熱がみごとにリンクして、
読者をも熱くし、自然に涙がこみあげてくる。スポーツ小説にありがちな、
泣かせようという作者の意図に、まんまと嵌ってしまって号泣するような
くやしさはない。
灰二は走に言う。
「俺を駆り立て、新しい世界を見せてくれるのは、走、きみだけだ」
友に向けるにはいささか情熱的すぎるこの言葉も、この超ストレートな
青春小説にあっては何の違和感もない。
私にとって大学時代をともに過ごした友人たちは、かけがえのない存在だ。
一人一人が作品に取り組む文科系サークルに所属し、灰二と走と
8人の仲間たちのように、全員一丸となって突き進むような日々ではなかったけれど、
夢と友情をたよりに、それぞれがんばってきたことはかわらない。
彼らの何人かは夢をかなえ、私は夢を捨てた。
三浦はこうも言う。
「才能がないならあきらめればいいとも、夢が叶わなかったら
人生は失敗だとも思わない。努力をつづけていれば、何らかの形で夢は実現する。
それは当初の目標を達成することだけに限らず、自分が生きてきたことは
無駄ではなかった、自分が愛したものは決して自分を裏切らなかった、
と思えた瞬間だ」
あきらめずにがんばれば夢はかなうというメッセージは、
表面だけ見れば陳腐で何の現実感も伴わないが、その意味が三浦の
言うようなことであれば、私もそこを目指してみたいと思う。
青春を遠くはなれた今でも、あのころの仲間たちと箱根駅伝を見ることから
私の1年は始まる。来年のことを言うと鬼が笑うかもしれないが、
三浦しをんのこの本を持って、私はまた、仲間たちの待つ部屋へ行くだろう。
そしてまた、形をかえた夢の話をするだろう。
(図書館 鈴木)
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