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2007年5月31日発行読書運動通信41号掲載記事6件中2件目
特集.学園青春小説
紹介.私の好きな児童文学
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『少年アリス』 長野 まゆみ 著 河出書房新社
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請求記号 RP||ナガノ 資料番号 190412820
「学園青春小説」とは厄介なテーマを選んでしまった。
「学園青春小説」というジャンルで括れる作品が意外とないからだ。
そして今から紹介する「少年アリス」も、確かに舞台は学校だが、
「学園青春小説」というよりも、ファンタジーの要素が強いように
感じられるかもしれない。
兄に借りた色鉛筆を教室に忘れた蜜蜂は、友人のアリスと、
犬の耳丸と一緒に夜の学校に忍び込む。無事に色鉛筆を発見した彼らは、
すぐには帰らずに、探検することにした。そして、誰もいないはずの理科室で
不思議な授業が行われているのを覗き見てしまう。
アリスは、そこにいた教師に捕らえられ、蜜蜂は、耳丸と一緒に
必死に彼の行方を追うことになる。
こう書くと、学園青春小説というよりは、学園ファンタジーと
感じる方が多いと思う。登場人物の名前をとっても「アリス」、「蜜蜂」など、
人間の男の子とは思えないような名前だったり、夜になると、
学校が不思議空間に変化していたり、さらには、旧仮名遣いを多用して
幻想的な雰囲気を醸し出したりと、ファンタジーの手法が
多用されているのも事実だ。
が、このような不思議な世界の中に、時々とてもリアルな感情の描写がある。
特に私が注目したのは、アリスと蜜蜂の優しい友情だ。
アリスは、何を言っても文字通りに受け止めてしまう蜜蜂を、
面白がってからかうが、心の中では蜜蜂の潔くて行動力のある部分を認めている。
蜜蜂も、からかわれても、決してアリスのことを嫌っていない。
それどころか彼は、夜の学校に一人で色鉛筆を取りに行く勇気がなくて、
アリスにつきあってもらったはずなのに、アリスと離れ離れになった後は、
一人で(正確には耳丸もいるが)懸命にアリスを探し、見事に助け出すのだ。
二人は友情を超えた、深い信頼関係で結ばれているのだなと思った。
しかし、彼らはただ仲がいいだけではない。
お互いにコンプレックスも感じている。
蜜蜂の兄はいつも蜜蜂の傍にいるわけではない。(中略)
しかし本当に危険な場合には間違いなく傍にいるだろう。
彼の兄はそういう存在だ。アリスは自分が危ない目に遭っている時
助けてくれる人間が誰かを考えてみた。
社会的な意味では父や母になるのだろうが、アリスの云う危険とは、
アリスや蜜蜂の棲んでいる世界の事なのだ。(本文より)
一人っ子のアリスは、兄弟のいる蜜蜂のことを羨ましく思っていた。
蜜蜂はもし危険な目に遭ったとしても、兄が助けてくれる。
しかし、アリスの場合はどうか。アリスに兄弟はいない。
何かあった時に、自分を助けてくれる年の近い人間なんて、
すぐ近くにはいないのだ。
一方蜜蜂は、兄に対するのと同質の甘えを、無意識のうちに誰に対しても
向けているのではないかということに気づく。蜜蜂の兄は、いざという時には
弟の盾となるのだという保護者意識に自己満足を得ていたが、
アリスもそうであるとは限らない。二人はお互いを尊敬すると同時に、
自分にないものを持つ相手を羨ましく思ったり、自分の欠点が
相手にどう思われているかを気にしてしまったりしている。
私はこの本を読んで親しい友達に複雑な感情を抱くことも、
青春の醍醐味なのではないかと思った。
しっとり・ふんわりとした幻想的な世界の中で、少年たちの
心の動きがみずみずしく表現されている。
「ファンタジーや学園小説なんて子供向け」と思っている人達にも、
是非読んでいただきたい。
(英文学科二年 宮川いづみ)
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