フェリス女学院大学附属図書館読書運動プロジェクト「フェリスの一冊の本」
43-3 紹介 私の好きな児童文学 第4回
2007年7月31日発行読書運動通信第43号掲載記事5件中3件目
特集1:随想コンクール結果発表
特集2:前期のまとめ
★『九月姫とウグイス』サマセット・モーム著 岩波の子どもの本
横浜市立図書館、神奈川県立図書館 所蔵有

子供のころの私は、遠足で動物園や水族館に連れて行かれるたびに、
ベソベソと泣き出しては級友に笑われたり、先生を困らせたりしていた。
動物を飼うのも苦手だ。本来、自由に走り回ったり飛んだり泳いだり
しているものを、小さなところに閉じ込めたり、綱をつけたりするなど、
あまりにも酷いと強く思ってしまうのだ。私はいつからそんなふうに
感じるようになったのだろうと、ずっと思っていた。

『九月姫とウグイス』は、サマセット・モームの唯一の童話である。
私はこの本を20年くらい探していた。が、著者名はおろかタイトルすら不明、
覚えていたのは、A5版くらいの大きさの本であったことと、
タイ風の尖った冠をかぶったお姫様がずらりと並んだイラストがあったこと、
それから内容の切れ端(王は子沢山で、王女には1月、2月、3月…、
王子にはABC……と名付けていた。王は王妃に向かって、
これ以上子供を産んだらお前を殺すという)だけであった。

だから、昨年の秋、この本を全く偶然にネットオークションで見かけたときには、
パソコンの前で、うわぁと叫んでしまった。
 それは、本当に偶然だった。私が唯一覚えていた、
「タイ風の尖った冠をかぶったお姫様がずらりと並んだイラスト」
のページが、サンプル画像として掲載されていたのである。
そこで初めて、この本のタイトルが『九月姫とウグイス』であり、
モームの著作であることを知ったのだった。
しかも挿絵は武井武雄で、なるほど、それは印象に残っているはずだと思った。
それは古本としても状態が悪く、シミやカケがあった。
にも関わらずお値段はけっして安くなく、しかも入札してくるライバルさえいて、
どうしてももう一度手にしたかった私は、取られてなるかと、
オークション終了まで動向を見張っていた。無事に落札でき、
自宅に本が送られてきたときは、開封するのももどかしいほど嬉しかった。

王様は9人の姫にそれぞれ鸚鵡をやったが、末娘の9月姫の鸚鵡は、
ほどなくして死んでしまう。嘆く姫のところに、
ウグイスが飛んできて綺麗な歌や、空を飛びながら見聞きした
楽しい話を聞かせてくれる。
姫はウグイスが大好きになり、自分だけのものにしたくなる。
姫はウグイスをだまして籠に入れるが、どんなに優しい言葉をかけても
ウグイスは、ものを食べず、歌も歌わず、動かなくなってしまう。
  姫はついにウグイスを放してやる決心をする。

「じゆうでなければ、わたしは、うたえないのです。
うたえなければ、しんでしまいます」と、ウグイスはいいました。
9月姫は、また、なきだして、「じゃ、じゆうにおなりなさい」と、いいました。
「おまえをかごのなかにいれたのは、おまえがすきで、
わたしひとりのものにしておきたかったからなのよ。
でも、それじゃ、死んでしまうなんて、おもいもかけかなったわ。
さあ、いくといいわ。いけのまわりのヤナギの木のあいだや、
あおあおとした、田んぼのうえへ、とんでいくといいわ。
わたしは、おまえがすきだからこそ、じぶんのいいようにさせてあげるのよ」
(中略)
ウグイスは羽をひろげて、まっすぐに、あおい空へとんでいきました。
お姫さまは、わっと、なきだしました。
じぶんのしあわせよりも、じぶんのすきなひとのしあわせを、
だいいちにかんがえるのは、とても、むずかしいことだからです。

と、モームは綴る。
やがてウグイスは自由に空を飛びまわり、すっかり元気になって
姫のところに戻ってくる。そして以前のように広い空から眺めた美しい風景や
覚えたての歌を聞かせてくれるようになった。
やがて非常に優美に成長した9月姫は、隣国の王妃となった。
たわいもない童話ではあるが、この本が私に与えた影響は大きい。
私は今でも動物が飼えないし、私自身、押し付けや拘束をひどく嫌う。
近ごろ世の中が、妙な方向に動こうとしているように感じているのは
私だけではないはずだ。
「じゆうでなければ、わたしは、うたえないのです。
うたえなければ、しんでしまいます」
というウグイスの言葉は、私たちに向けたメッセージでもあるだろう。
(図書館 鈴木明子)
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